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どうしてこう、次から次へと問題が"起こる"のか


その問題に"巻き込まれ"なくてはならないのか


いや


巻き込まれているんじゃない


思い返せばその渦の中心は


常に自分自身だった


慌しい学園生活...
 

 

「三月、朝。早く起きないと遅刻するぞ」

「う…う~…」


二段ベッドの上の段。朝っぱらから大きい芋虫がうーうーと。

これまた全く可愛げない低音で唸りつつ、ゴソゴソモゾモゾと蠢いている。

転入してから一週間も経つと多少学園生活に慣れて来るのがいけないのか、三月の寝起きの悪さは日を追う毎に度が増していった。

陵介が起きる時間にはきっちり制服を着込んでいて、朝から予習をしていた二日目の朝。つい四日前の朝の光景が既に懐かしく感じてしまうなんてどうかしている。

陵介は何とか起こしてやろうとするのだが、体を揺すっては跳ね除けられ、布団を剥ごうとすればどこからそんな力が出せるのかと思うほどの物凄い力で抵抗されるのだ。

ここで折れてしまったら同室、しかも先輩として教員方に申し訳がない!という決意の元、ここ三日間毎朝こんな格闘を二十分間程繰り広げている。

 「…ふぁ~ぁ。おはよう、陵介」

分厚い眼鏡を指で押し上げながら、ようやく小さい怪獣が降りてきた。


「おはよう。…やっと起きたな」


陵介は小さく嘆息しつつ、お得意の少し困ったような笑顔を浮かべているがそんなことは露知らず。

サイズが合っていない少々だぼついたジャージ姿の三月はふらふらしながら洗面所へと向かっていった。

あれでいて、洗面所から出てくる頃にはいつもの七三姿でビシッ!っと出て来るのだから、人は見かけによらないというか何というか…摩訶不思議である。

それから十分程経つと、やはりいつも通りの三月が大きな欠伸をしながらテコテコやって来た。

なんとなくその姿が微笑ましくて、陵介は小さく笑いをこぼす。


「早起きは三文の得ですよ!…とかドヤ顔して言い出しそうなのになぁ」


それを聞いた三月はもう一度、ふあぁ~っ、と大きい欠伸をした。


「うーん。そりゃあ…俺って優等生には…うん。見えるだろうな。だからといって、世の優等生が全員…朝に強いとは限らないぃー…」


どうやら今日はまだハッキリと覚醒していないようで船漕ぎまじりに途切れ途切れそう答えた。


「昨日は遅かったのか?」

 

「…少し?」


趣味は昼寝と読書。

と豪語する三月だが、その寮生活はというと十八時半頃に食堂か部屋で夕食を済ませた後、一旦ベッドに沈んで眠りこけ、目が覚め次第シャワーを浴び、髪も乾かさずベッドにもぐり枕元に山積みにされている小説を読み漁る…というものであった。

食後の『昼寝』から目覚める時間は三月の気分次第。

小説も自身の好みにヒットする作品に当たると何時間掛かってでも最後まで読まなければ気が済まない。


「まったく、自由気ままは程々にな。まだ転入してきて一週間だし、疲れが溜まってそのうち体調崩すぞ」

 

「……気を付けます」


不規則な生活を心配する陵介を余所に、心配されている当人はというと至極面倒臭そうな声で一言呟きフイッと顔を逸らした。

「準備出来たなら早くしろよ。置いていくぞ」

「ちょっと待てって、行く行く!」


陵介がさっさと玄関に行ってしまうので、三月はいよいよ焦ってブレザーを羽織り、鞄に教科書を詰め込んで粗雑に身支度を整えると食堂へ急いだ。


現在の時刻は七時四十分。

ホームルーム開始まで後五十分だ。


「なぁ三月、いつも思うんだけどさ」

「んー?」


本日のメニューは焼き魚にお漬物にお味噌汁。日本の朝食の定番中の定番と言って良い。

ここ第二学生寮で暮らしている生徒の数は一年生から三年生合わせて約二百名。ちょっとしたホテルよりも広い学生寮の食堂は朝からガヤガヤと騒がしく、あちらこちらから喜怒哀楽溢れる会話が引っ切り無しで耳に入ってくる。

陵介は少し早めのペースで食べ進めながら、日ごろ疑問に思っていることを口にした。


「お前、食堂についてくる意味…無いんじゃないか?」


そう思うのも無理はない。

三月は毎日一緒に食事には来るものの、特に朝食をとらない。言えばスープのみでも貰えるのだがそれすらも口にしない。 本人曰く、昔から低血圧で朝に弱く、家でも朝食を食べる習慣がなかったとの事。


「意味無くないって。他人が食べてんの見てるのは好きだし。自分も食べた気分になるから」

 

「ふーん、変な奴だな」

「心外」


この笹本三月という人間は分厚い眼鏡のせいか、表情が読み取れない故にイマイチ考えが分からない所がある。

迷子になっていた初対面の時の印象と見た目だけで判断するのであれば、至極大人しそうで典型的な勤勉タイプなのだが…今の陵介にはどう考えても彼が真面目に勉強する姿は想像も出来ない。

それほどに彼の通常の生活態度と外見は不一致であった。

とはいえ此処は星彩学園。

多彩な才能の持ち主が集まる場所であるからして、平たく言えば変人の集まりとも言える。

入学して一年、日本語が通じてるのか通じてないのかわからない程変わり者の同級生や先輩達を相手にしてきた陵介にとっては


(まぁ、どうでもいいことか)

 

それ以上でも以下でもなく。すっぱり考えることをやめてさっさと食事を済ませることにした。

食事が済んだら後は他愛のない会話をしつつ、それぞれの校舎へ向かうだけ。

一年の校舎は二年の校舎の手前にあるので陵介とはそこでお別れだ。

自分のクラスに着いたら壱岐や佑と一日の予定だの流行ってるゲームだのくだらない会話をしながら始業時刻を待つ。

 

昼休みになると一人でゆっくり昼食をとるべく屋上に向かう三月であったが、いつも壱岐がついてきて、さらに後から佑までもやってきて…結局教室にいるのとなんら変わらない時間を過ごす。

そして放課後になると、どこからともなく現れる兄の七月を軽くあしらい足早に寮へと帰る。

それがこの学園での生活リズムになりつつあるのだが…

(何?この状況)


現在、笹本三月は数人の見知らぬ生徒に囲まれている。しかも場所は色んな意味でお決まりの体育館裏だ。体育館裏、と一言でいってもマンモス校である星彩学園に体育館は五つもあるのでこの場所が第何体育館裏なのか…方向感覚が鈍い三月は知る由もない。


(なんか面倒事な予感がすんだけどこれ如何に…)

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遡る事、数分前…

一人になってすぐ、教室へ向かった三月が自分の席に着こうとするとその背後から声を掛けられた。


「笹本三月くん。今ちょっと時間ある?」


声を掛けてきたのは見知らぬ生徒であったが、着けているネクタイは赤色なので一年生だということは分かる。くりくりした大きい瞳にふわふわの髪、つやつやの唇にお菓子のような甘い匂い。一瞬女の子かと思ってしまうくらい可憐な人物ではあったがここはあくまで男子校。勿の論で男である。


(誰だ、コイツ)


と、内心疑問に思ったものの、彼がジィっとこちらを見る目が有無を言わさない。これはとてもじゃないが断れそうな雰囲気ではなく。ここでの頼みの綱である壱岐や佑もまだ登校していなかったので、三月としては彼について行くしかなかった。

そして今に至る。

「アンタさぁ、七月様の弟なんだってね。だからって何様のつもり?」

「…はい?」


「とぼけるなよ。七月様に暴力振るっただろ?ちゃんとファンクラブの生徒が調べてあるし、この僕を含めて現場を目撃した生徒はいっぱいいるんだから」

つい先程までの花のような可愛らしい顔はどこへいってしまったのやら。般若面の如き形相が彼のむき出した苛烈さをありありと表わしている。

「そうだよ!笹本先輩あの時に背中痛めて、助っ人試合参加出来なくなっちゃったんだよ!」

先輩がバレーボールする姿、見たかったのに!

ねー!

絶対かっこよかっただろうね…。

などなど、悲鳴交じりの甲高い声や低い嘆息があちこちからボロボロと零れてくる。


どうやら彼らは先日昇降口前で七月を取り囲んでいた生徒達の一部だったようだ。

しかし当の三月はというと全く自分が置かれている状況が理解出来ずにいる。

(暴力…は、まぁ蹴り飛ばしたから分かるけど。なんで見ず知らずのやつらに囲まれて文句言われないといけないんだ?てかファンクラブ?誰が?誰の?)

ぐるぐるぐるぐる

いきなり一方的に捲し立てられても脳みそがついてこない。
 

「先輩に怒鳴り散らしたとかも聞いたけどそれって兄弟仲悪かったってことでしょ?そのくせ今はやたらとベタベタベタベタくっついちゃってさー。ホントなんなのお前?」

 

「…はぁ」

 

「君のような人はいくら弟であっても金輪際七月さんに近づかないでもらいたい。不愉快だ」

「…へぇ」

 

「ほんと。マジで目障り」

 

「…ほぅ」


口々矢継ぎ早に文句を言われ、いまだ状況についていけない三月の半開きの口からはやる気のない一音一音が漏れ出るのがやっとである。このままでは埒が明かない。


「あ、あの…」


仕方なしに怖ず怖ずと右手を挙げた。

彼らが大大大好きな七月先輩かっこ笑い。を蹴り飛ばしたことに怒っているのはとりあえず分かるが、それ以外の話がどうにもこうにも見えてこない。不愉快だの目障りだの、一体なんだというのか。


「えっと、兄とは色々ありまして…。その…僕達兄弟の関係性とかについては申し訳ないですが身内同士の込み入った部分ですので、他人はあまり口を挟まないで頂けたらな…って」

なるべく穏やかに。なるべく丁寧に。しかし拒絶する部分はしっかりと拒絶しつつ当たり障りのない弁明をする三月であったが、その発言に彼らの怒りはどんどん高まっていったようで…


「はぁ?!身内だから何?こっちはとにかくアンタの存在が目障りだっていってんの」

 

「こーんな不細工でダサくて地味なのがあの七月先輩の弟なんて信じられない!」

「てかさ、ほんとは兄弟じゃないんじゃね?似てないにも程があるだろ」

「ちょっと頭が良いからって調子乗ってるんじゃない?頭だけ良くても他に取り柄が無いとかウケる」

「アンタが来てから口を開けば三月三月三月って…。もううんざり。僕達の七月様を返せよ!!」


ぷつん。


甲高い声でギャーギャーわめき続ける彼らに対していい加減頭にきていたのだが…。またしても一斉に捲し立てられたことにより、完全にその苛立ちが最高潮へ達してしまった。


「ごめんなさい…僕。筋の通っていない悪口って大嫌いなんですよね」

額にうすら青筋を浮かべ、分厚いレンズの裏で静かに微笑む。

「…で?俺が好き好んでこんな格好してるとでも思ってるわけ?つーかベタベタもしてねぇからな。あっちが勝手に寄って来るだけ」

 

こんな程度で怒ってはダメだ。頭ではわかっているのだがつい最近まで自暴自棄で好き勝手に生きていた三月にとって、こちらの事情や気持ちを知りもしない連中にただいちゃもんを付けられている事実はとてもじゃないが我慢ならない。


「ひとが下手に出てりゃ寄ってたかって言いたい放題。調子乗ってんのはお前らじゃねぇか」


予想だにしなかった険のあるきつい台詞に、その場の空気が一瞬で冷えた。

それに対してリーダー格と思われる美少年は顔を赤くしてかなりご立腹の様子だ。


「はぁ?何なのアンタ、ふざけないでよっ!!」

「それはこっちのセリフなんですけどね」


威嚇するように低音で返すと、美少年はこちらをギッと睨んだままで詰め寄ってくる。

彼の瞳の苛烈さは一向におさまる気配が無いままだった。


「この学園のこと、この学園での七月様のことを何も知らないくせに!僕達を馬鹿にしたコト、絶対に許さないから!!

もはや返事をすることをやめた三月と暫く無言で睨み合っていた美少年であったが、厚いレンズの下の表情はどうやっても窺がい知ることが出来ないようで。どうにもやり場のない怒りに震える拳を握り締め、ダンッ!!っと一度地面を踏み鳴らす。

「…もういいっ!皆、行こ!」


そう言い放つと彼は他の連中をぞろぞろと引き連れて足早にこの場から消えて行く。

あっという間に足音は遠退き、辺りには誰もいなくなり、先ほどまでの五月蠅さはどこへやら。​

「あー…やってしまった」


体育館裏に一人ぽつんと残されてしまった三月は些かバツが悪そうに頬を掻く。


「ああいうの、今まで無かったからな…」


現在高校一年生である三月にとってつい最近までのことなのに、既に自分史の中で黒歴史となっている中学時代。不良に絡まれたり喧嘩を売られることは日常茶飯事であったが、これらは大抵殴り合いで済むような案件というのか、まぁ単純に拳が物言う世界だったわけで。

今回のような言葉だけでの冷戦は不慣れであり不得意であり、今になってどっと疲れが押し寄せてくる。

それにしても

「『絶対に許さないから!!』…ねぇ?」

 

他人の口から出たその言葉と向けられる感情。それは途轍もなくナンセンスであって、非常に惨めでいて、果てしなく独り善がりで下らないものなのだと改めて感じた。

(俺もずっとそう思ってたし、いまだに心のどこかで七兄を許せてないから。結局はあいつらと同じレベルなのかもな)


三月は自嘲気味に薄く笑うと空を見上げて大きく大きく深呼吸をし、気分の入れ換えを図った。

さて、いつまでもこんな場所にいても仕方がない。

というより急いで教室に戻らないとホームルームに間に合わないのではなかろうか。

ようやく平常心を取り戻した三月が歩道に一歩踏み出したところで


「ここ……何処ら辺?」


有り難くない固有スキルである『ハイレベル方向音痴』が発動したのだった。


一応、駄目で元々。キョロキョロと辺りを見渡してはみるものの…。右を見れど左を見れどまるで同じような風景で、そこにはこれまたどれもこれも同じような色形をした建物が数棟立ち並んでいる。


下手に歩き回ってまた初日のように迷子になったら面倒だと思った三月は自力で校舎へ戻るのを諦めて、周りの建物より少し小さめの…といっても三階建てはある豪奢な建物裏の壁に寄り掛かり、ドカッと腰を下ろした。

 


サァァ---…

 


たまに頬を撫でる六月の暖かい風がとても心地良く、寝不足(自業自得)も相まって、自然と瞼が重くなってくる。


(祐でも壱岐でも陵介でも…最悪七兄でもいいから、偶然誰か通らねぇかな…)


基本的に土地勘や方向感覚に関しては全力で他力本願である三月は、早速サボりになってしまうな。自分に非が無いようにどういう言い訳をしよう。など呑気に考えつつ、初夏の陽気に包まれ、まったりゆっくりと眠りの底へ落ちていった。

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