三月と壱岐、マブダチコンビにスポットを当てたお話になります。
あの二人はどうやって知り合ったのか、そこんとこ気になる方は御一読いただければ幸いです。
第一印象は大人しい奴
第二印象はムカつく奴
じゃあ、その次は…
友達の距離
三月との出会いは中学一年の時。
たまたま同じクラス、たまたま隣の席になったのが始まりだった。入学初日、やっぱり一番最初に声を掛けると言ったら隣の席にいる奴だろ?
「俺、柑原壱岐っていうんだ。これからよろしく!」
人当たりの良い笑顔全開で隣の席から唐突に話し掛けられた三月は、一瞬驚いた顔するとオロオロしながら目を逸らす。その少し後、はにかみながらも細く小さな声が返ってきた。
「えっと、笹本です。あの…、よろしく」
それが笹本三月と俺が初めて交わした会話。
第一印象は『大人しい奴』だった。
----------
それから、あっという間に一ヶ月が経った。
「おーい笹本、次教室移動!早く行こう」
三限の授業が終わり、次の授業は視聴覚室で行われるということなので。隣で机に伏せっている三月を揺すって声を掛けるのだが、緩慢な動作で体を起こした三月は、隠す気もなく不機嫌丸出しな形相でこちらを睨みつけてきた。
「…うるさいな。お前は行けばいいだろ」
「まーたふける気か?DVD見るだけの楽な授業なんだから、移動くらいとけって。ほらほら~」
そんな態度に負けないぞ!と、半ば意地にもなって腕を引き、必死に説得をしていたのだが…。そのやりとりを見兼ねた他のクラスメイトが俺を呼んだ。
「おーい柑原、笹本に何言ったって無駄だって。急がないと遅れるぞ」
「ほら、あいつらもああ言ってるし、さっさと行け」
シッシッと埃を掃う仕草でこちらの撤退を促す三月に、どことなく歯がゆい気持ちになりながらも次の授業の時間が迫っていた為、仕方無しにその場を後にすることにした。
(笹本の奴、人がこんだけ心配してやってんのにっ)
入学してからの一ヶ月間、クラスに馴染めずいまだ友達もいない三月であったが、そんな三月と一番最初に話したのも何かの縁だと思い、仲良くしようと歩み寄ってもいつもこんな感じに突っ返されていた。
というか、当初のしおらしいあの態度は一体何だったのだろうか。幻でも見てた?
この頃の三月の言動には、流石の俺も少しは頭にきていて…
第二印象は『ムカつく奴』
----------
それから、更に二ヶ月が経った。
三月との仲はというと…
「三月、一緒に帰ろー」
「うるさい柑原。勝手に帰れ」
今ところ全く進展は無し。強いていえば苗字で呼んでくれるようになったことくらいだろう。
物凄くムカつく奴ではあるんだけど、いつも一人でいるのが気になってしまい、つい声を掛けてしまう日が続いている。
他者に対し徹底的に自身の領域には踏み込ませない姿勢を崩さないものだから…。入学してから三ヶ月、最初こそ声を掛けたりもしていたクラスの奴らも、すでに三月の事をまったく相手にしていない状態だった。
あ、でも、ここまで冷たく雑にあしらわれてるのは何かにつけてしつこい俺だけではあるんだけど。
そんな孤高の一匹狼三月であったが、女子に見間違えるくらい可愛いその顔立ちにおいては学内でもやたらと目立っており、女子は遠巻きでキャーキャー騒いでいるし、これは風の噂なんだけど…少数の男子連中にも人気があるらしい。うん、よくわからない世界だな。
まぁ、とりあえず。今日も今日とて三月に華麗にフられてしまったので一人淋しく家路につくことにしたのだが、このまま直帰ってのもなんだかつまらなかったので本屋に寄り、愛読している音楽雑誌と漫画の今週号を購入する。ついでに立ち読みをしていたので、店から出た頃には辺りはすっかり日暮れていた。
「…あれ?三月」
寄り道を終えて再び帰路につこうと歩き出したその時、ふと何気なく向かいの歩道に目をやると、そこに随分と見慣れた小柄の少年を見つけた。いや、しかしそれだけではない。ここら辺では見掛けない他校生が四人ほどいる。
「あの制服、たしか東中の…」
明らかに不自然なその状況を目で追っている内に、五人の姿は細い路地へと消えてしまった。
何故だろう。急に強い不安を感じて…。俺の脚は、無意識にその後を追い始める。
「三月!」
「柑原!?お前、なんでココに」
不運にも中々変わらないことで有名な信号機に捕まっていた俺が慌てて路地に入ってみると、そこはすでに不穏な空気に包まれていて、他校の生徒四人に囲まれながらも毅然と突っ立っている三月の姿があった。
嫌な予感が大的中。
「あぁ?誰だお前」
突然乱入してきた俺という多分で確実な邪魔者に対し、リーダー格と思われるやたらと厳つい奴が鉄パイプを片手にゆっくりこちらへ近づいてくる。
「えぇーと…?なんと言いますか…?」
(な、なんかヤバイかも)
これがなにやらとてつもなく危険な状況だということを頭では解っているのだが、情けない事に生まれて初めて感じる恐怖に脚が震えて動かない。
「お前、あのクソガキの仲間だな」
そりゃ至極真っ当に生きてきたら、こんな鉄パイプなんぞ持ったやつと出会うことすらないだろうが。
いや、まぁ現実直面している身なんだけども。
「柑原、早く逃げろ!」
三月が叫ぶ。
(笹本さん、逃げたい気持ちは山々なんだけど…)
今、俺の視界を占めているのは目前で振り上げられた鉄パイプ。
全ての動きがスローモーションに見えてはいるが。
とてもじゃないけど避けられそうにない。
あぁ、俺はあれで殴られるのか。
きっと物凄く痛いんだろうなぁ…。
打ちどころが悪けりゃ死んじゃうかもしれないなぁ…。
恐怖で限界を振り切った脳は、そんな下らない事を考えていた。
「壱岐っっ!!」
三月が自らを取り囲んでいた三人をおもいきり蹴り倒し、こちらへ手を伸ばしてくる。
あぁ、苦節三ヶ月。ようやく三月が名前で呼んでくれた。
これで思い残すことはない…、とまでは正直いかないが、ちょっとした充足感に浸っていると
ガンッ!!という鈍い音が辺りに響いた。
(あ…れ?痛く、ない?)
視界は真っ暗闇なのに、不思議なことに体のどこにも痛みは感じなかった。
意識失ってんのかな。俺。
「っんの野郎!」
今度は三月の怒号と、ゴッ!!という鈍い音。
一体目の前では何が繰り広げられているのかと思って、無意識のうちに閉じていた目を開けた。
なるほど道理で真っ暗なわけだ。
開けた視界に最初に見えたのは三月の小さな背中。
次に見えたのは、その小柄な体から繰り出される左アッパーを顎もろ喰らって崩れ落ちる鉄パイプの厳ついの。
(あれは痛い)
その瞬間、脳内でカンカンカーン!とゴングの音が鳴り響く。
なんという事でしょう。三月の完全勝利である。
三月は「…ふぅ」と息をついた後、他校生全員が呻き倒れている姿をチラリと横目で確認すると、左手で服の埃を払い、コンクリートに投げ出されていた鞄を拾い上げさっさと踵を返す。
「え?ちょ、三月待って、待ってって!!」
俺のことすら無視して立ち去ろうとするもんだから、慌ててその腕を掴んでしまったのだが…
「!?っつ」
肩越しに振り向いた三月の顔がくしゃりと歪む。
「まさかお前、腕…」
そう、そのまさかだった。
俺を庇おうとして力一杯に振り下ろされた鉄パイプを、三月は咄嗟にその細い右腕で受け止めたのだ。
勝手に首を突っ込んだ挙句、みっともなく腰を抜かして、さらには三月に怪我までさせてしまった。
俺は自分の不甲斐なさに唇をきつく噛み締め眉を顰める。すると、無意識に掴んだ手に力が入ってしまったようで
「痛ってぇな、離せ。触んなっ」
「あで!」
鉄拳(左)を脳天に頂戴した。
頭を抱えて痛みに堪える俺を暫く黙って見ていた三月だったが、突然、スッと左手を差し出してくる。
「…ほら、柑原。早く行くぞ。警察が来たら厄介だ」
そっぽを向きながらも優しく俺に伸ばされた手。その手を取ると思わずハッとする。
とてもじゃないが先程不良達を沈めたものとは思えない、出会った日の三月の姿を彷彿とさせる、それはやはりどこか頼りのない小さい掌だった。
----------
はてさて、極めて平凡な一般人であった俺にとって人生初の、あんな出来事から一ヵ月後…
「壱岐!てめぇ、また勝手にひとのカツサンド食っただろ!」
「えー?だってしょうがないじゃん。お腹空いちゃったんだもーん」
昼休み。俺と三月は屋上にいる。
「じゃあお前が持ってる袋はなんだ」
「あぁ、これ?俺のお昼ごはん」
袋の中を見せながら満面の笑みでそう言うと、三月の背後になにやら渾沌としたドス黒いオーラが見えた…ような気がした。
「自分の分あるじゃねぇか、この馬鹿!代わりにその焼きそばパンを寄こせ」
「ぎゃー!ごめん!謝るから焼きそばだけは勘弁してっ」
他に誰もいない屋上に、ギャーギャーと男二人が騒ぐ声が響く。
俺と三月ですがご覧の通り、今ではすっかり打ち解けてお昼ご飯を取り合う仲になりました。
あの時の三月の怪我は全治2週間。俺に向かって鉄材が倒れてきたところを三月が庇ってくれて怪我をしたということにして(八割方嘘ではないのだが)、無事に各方面からのお叱りを回避することに成功したし、その怪我自体も意外と軽症で済んだのは良かったものの…
暫く利き手を使えなくなってしまった関係で完治するまでの間、学内では俺が三月のお世話係りに任命されたのでした。
それからは思い出したくもない悪夢のような生活が…。
と、まぁ、そんなこんながありまして、今じゃ何するのも一緒。てかそうでもしないと三月って何もやらないで寝てるからな。教室移動も体育の着替えも昼飯も。
こちらが口やかましくつつかないと動かないのだから、困ったものだ。
本当に世話が焼けるというか何と言うか。
「ちっ、仕方ねぇからコロッケパンで許してやる」
未だ納得がいかない様子で口を尖らせながらも、そういう三月が可愛く思えて俺はぷっ、と吹き出してしまう。
「はいはい、三月ちゃん。コロッケパンですよ~」
「…殴んぞ」
「それはダメゼッタイ」
こんな感じで俺と三月との距離もグッと縮まり、気がついたらクラスの中でも俺達はコンビ扱い。凸凹コンビなんて呼ばれ方してることに三月は不服そうなんだけどさ。
ま、雨降って地固まる。結果オーライってことで。
大人しそうな奴、ムカつく奴、という極端な過程を経ての今、俺の中での三月の存在はというと
唯一無二の大親友!
三月も同じように思ってくれてたらいいなぁ、なんて。乙女チックな思考してます。
いまのところコイツの喜怒哀楽を見れるのは俺くらいなもんだから、気を許してくれてるのかなって、最近それがちょっと嬉しくあったりして。
残りの中学生活。まだまだ時間はたっぷりあるし、三月と一緒だったら毎日退屈しなくて済みそうだ。
「これからも仲良くやってこーな!三月」
「は?いきなり何言ってんだ?」
「べっつにー、特なる意味はない!」
「意味ねぇのかよ、壱岐のバーカ」
e n d
ようやく完結!書き始めて何年かかっただろうか…。
人に懐かない三月が壱岐とは仲良し(?)なのにはこんな裏事情がありましたとさ。
丁度中学入学を節目に他人に好意を寄せること、寄せられることを拒否し始めた三月でしたが
根本は愛に飢えてる奴なので、どんなに突き放したとしてもめげずに構ってくれる人に弱いんです。
そんな折出会った壱岐の方は突っぱねられまくったことで、意地でも仲良くなってやる!という方向に走ったので、実に相性が良かったんですね。
ではでは、ここまでお目通しいただき有難うございました!