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カップリングアンケート結果1位だった陵介×三月の記念小説になります。

本編では中々捩じ込めないプチ自覚編みたいな感じになりました。
時期的には体育祭後くらいの小話になります。

少しでも和んでいただけたら幸いですm(__)m

 

 

 side ー三月ー

 

 

 

「一体何なんだ。この状況」


目深に被っていたパーカーのフードを脱ぐと、はっきりと視界に飛び込んでくる光景。

今、三月の目の前にある光景というのがこれまた異常と言わざるを得ないのだが…


「あ~、三月ぃ。おかえり~」


ふにゃりと笑みを浮かべた陵介が、部屋の入り口に立ち竦んだままの三月においでおいでと手招きをしている。

 


「俺が留守の間に、一体何が…」

何の変哲もない日曜日。

相も変わらず自室に籠って本を読み耽っていた三月だったが、ベッドの上に転がっているのは既に複数回読み返した本ばかりとなってしまったので仕方なく学外の本屋まで遠征に出ることにした。

学内にそれなりの規模の本屋はあるのだが、何といっても品揃えが悪い。


どうやら生徒達の趣味に合わせて仕入れているようで、芸能人の写真集やゴシップ系の週刊誌、他には漫画やライトノベルといった一般人気に偏ったジャンルの本しか置いていない。

もちろん本の虫である三月は転入してから既に何度も足を運んではいたが、ある日、男同士が抱き合っている表紙の本が入口前スペースに平積みされていた時は「ひっ」と小さく悲鳴をあげてしまうほど驚いたものだ。

まるで見てはいけないものを見てしまったような恥ずかしさに、そのまま慌てて踵を返して以降、学内の本屋を利用することは無くなった。


「学内の本屋がもっとちゃんとしてれば、わざわざこんな遠くまで買い出しに出なくて済むのにな」


すっかり暗くなってしまった辺りを眺め、ため息をつきながらついつい独り言が漏れてしまう。

 

それから学園敷地内に戻るまでの間に中学生に喧嘩を売られたり、一見真面目そうなサラリーマンに突然真顔で「一晩いくら?」と気色の悪いことを聞かれたり…と、彼にとっては散々な道中ではあったが、いとも容易くそれらの問題を片づけ(物理)、余計な問題回避の為に顔が見えなくなる程パーカーのフードをがっぽりと被ると早足で歩いた。

 

無言で寮までの道のりを歩く三月のその手にはしっかりと数冊の本が入っている袋が下がり、それがカサカサと軽快な音を立て、至極楽しそうに揺れていたのだった。


「陵介、ただいま」

自室の鍵を開け、室内に足を踏み入れた途端

(なんだ…?アルコール?)

ふわりと鼻についた甘い匂いに眉をひそめる。

明らかにいつもと違う室内の空気に、恐る恐る歩を進めたところで…


この話の冒頭へとつながる。

「陵介、お前はタバコのみならず、ついに酒にまで手を出したか…」

「いや、アルコールは体に合わないから飲まないんだけどな~、さっきまで柑原達がいてさ。俺が酒好きなもんだと思い込んでて、断り切れずに飲んだ」


呆れ顔で深いため息をついた三月に、相変わらずふにゃふにゃしながら現状の説明をしようとしている陵介だったが、普段の落ち着いた雰囲気はどこへ行ったのやら、もはや文法が酷い。


「あのアホども…。寮内での飲酒なんてバレたらどうなるか分かってんだろーな」


チッ、と舌打ちして腕組みしながら不機嫌オーラを纏う三月をしばらくの間じっと見上げていた陵介は徐に立ち上がると、突然、何を思っているのかそのまま三月の眼前まで顔を寄せてきた。


「へ?あ…、何?近い、近いから!」


互いの呼吸が分かる程に近い距離の為か、陵介から香るアルコールの匂いに三月まで頭がくらくらする眩暈ような感覚に落ちる。


「陵介?お、おい…大丈夫か?」


至近距離での無言の見つめ合いに、謎の不安を感じた三月が気遣うように声を掛けると、陵介はふわりと笑った。


「お前の目って、キレーだよな…」


ポツリと自分自身に呟いたように紡がれたその一言に、三月は言葉を失い、顔全体に熱が集まっていくのを感じる。


「…は?お前、いくらなんでも酔い過ぎだろ」

 

「あぁ、うん。酔い過ぎだな」


世辞などいくらでも言われ慣れている。

なのに


(落ち着け、俺)

 

自分の意思など関係が無いとばかりけたたましく鳴り響く鼓動に、どうしたら良いか皆目見当のつかない三月はただただ彼の視線から逃れる為、黙って俯くことしか出来なかった。

「…て、おわっ!?」


この謎過ぎる状況をどうしたら良いものかと固まりながら思案していた三月を、更に予期せぬ行動に出た陵介が追い詰めていく。


「髪!くすぐったいから!やめっ…」


先程まで黙って見つめていたかと思ったら、今度は俯いている三月の首筋に甘えるように顔を寄せて来たのだ。


(これだから酔っ払いは!)


陵介が小さく動く度にその髪が耳を、吐息が首筋を優しく撫でる。くすぐったがりな三月はすぐさま陵介を引き剥がそうと肩口を押してみるが、元よりの体格差に加え流石は酔っ払いといったところか、これがまたビクともしない。


「陵介、いい加減に!ひっ…ぇ!頼むからやめっ!」


訳も分からない焦燥感が体中を駆け巡り、気がつけば三月の言葉は制止を促すものから懇願へと変わって行く。

その焦りを含んだ声色に、陵介の動きがぴたりと止まった。


「三月、お前ってどうしてこう…」

「あ?」


ようやくくすぐったさから解放されて心底ホッとしていた三月だったが、陵介の言葉に訝しげに首を傾げた次の瞬間

 

「ぅ、わ!?」

 

ぐらりと体が後ろへ傾いた。


陵介が押し倒すような形で体重を掛けてきた為、突然の事に彼の体を支えきれなかった三月は共に真後ろにあったベッドの上に倒れ込んでしまう。


「……陵介?」


覆い被さったままピクリとも動かない陵介に、恐る恐る名前を呼んではみたものの、すぐ隣からは規則正しい寝息が聞こえてきた。


「な…何なんだよ…マジで」


目まぐるしく変わる状況と自身の感情に疲れきった三月は、はぁ…と深く息を吐き出して空いている手で前髪をくしゃりと掻き上げる。倒れ込む直前、下になる三月の体を庇うように背中に回された陵介の腕のおかげで、衝撃はまったく感じる事はなかった。


(酔ってて訳わかってねぇくせに、こういうとこは陵介だよな…)

とはいえ、自分よりも体格のよい陵介に押し倒されているのだ。

少々の重苦しさを感じて少しだけ身を捩ってみるが、本当に寝ているのかと思うほどしっかりと回されている腕からはとても逃れられそうになかった。


「…ったく、俺は抱き枕じゃねーっての」


三月は床に転がってしまっている本の袋に目線を送り不貞腐れたように呟くと、何かを諦めた様子でそのままそっと目を閉じるのだった。

 side ー陵介ー

「一体何なんだ。この状況」


ぼんやりと浮上した意識の中で、はっきりと視界に飛び込んでくる光景。

今、陵介の目の前にある光景というのがこれまた異常と言わざるを得ないのだが…


「…う…んー…」


スースーと静かな寝息を立てる三月が、事もあろうか自分のベッドに…更にはこの腕の中にいる。


「俺が飲んだ後に一体何が…」

昨日。何の変哲もない日曜日。

その日陵介は部活が午前中で終わりだった為、午後はたまには部屋の掃除でもしようかと思い自室に戻ると丁度三月が珍しく出掛ける準備をしているところだった。学外の本屋に行ってくると言った三月を送り出した後、数時間掃除に集中していたところに暇を持て余している壱岐と早稀がやって来て、休憩がてらくだらない話をしていたのだが…


「筧先輩、いつも三月の世話してお疲れだろうからコレ、こっそり持って来ちゃいました」


悪戯っぽくウィンクしながら壱岐が鞄から取り出したのは、缶ビールに缶チューハイ、合わせて6缶だった。

せっかくの気遣いではあったが陵介はあいにくアルコールが得意ではないのでやんわりと断ってみたものの…

彼らがあまりに押してくるものだから「じゃあ1缶だけ」と言って口にしたところまでは記憶がある。


逆を返せばそれ以降の事はさっぱり記憶に無いがゆえ、冒頭へと繋がる。


「なんで俺は三月を抱き枕にして寝てんだ…」


酔った勢いでとんでもない事をしでかしてしまったのではないかと、視線だけ左右に動かし辺りを確認するが、特に倫理に反すような事態は起こしていなかったようでとりあえずホッと息をつく。

一息ついたところでふと自分の腕の中の三月に視線を移すと、普段の勝ち気、といよりは擦れている表情とはうって変わったあどけない寝顔のあまりの近さに、陵介は思わずギクリと息が詰まった。

(これは何か、色々とマズイ気がする…)


言い知れぬ謎の焦燥感に駆られた陵介は一分一秒でも早くこの状況を何とかしようと平静を装いつつ、起床時間よりは些か早めの時間ではあったが三月の肩を揺さぶった。


「三月、三月…起きろ。朝。頼む、さっさと起きろ。起きて下さいお願いします」

しばらく揺さぶられていた三月であったが、ようやく瞼がふるりと震え、そっとその瞳が開かれる。
焦点の定まらないぼんやりとしたその視線と、陵介の困惑した視線が合わさった。


「ん…あぁ、りょーすけ…か、…はよ」


まだ完全に覚醒していないのか、眠そうに目を擦った三月がそのまま「んー…」などと、普段からは考えられない可愛い声を発しながら甘えるように自分の胸に顔をすり寄せて来たものだから、予想外の三月の行動に陵介は完全に思考が停止してしまった。


そしてその数秒後…

「…はっ!?え?陵介!?うわっ!!」


完全に覚醒しきったのか、三月が赤面しながらガバリと勢いよく飛び起きる。それと同時にガンっ!!と鈍い音が朝の静かな室内に響き渡った。


「!?ー~っ…、いってぇ」

「おい三月、大丈夫か!?」


陵介のベッドは二段ベッドの下の段なので、飛び上がればそれは天井に頭を打ち付けるのは必至であったが、今しがた自分がやってしまった行動で小パニックだった三月にはそこまでの状況理解には及ばなかった。

 

思いきり打ち付けた脳天を押さえ、うずくまった三月は蚊の鳴くような小さな声でもごもごと謝罪の言葉を口にする。


「う…悪い…。俺、完全に寝ぼけてて」

「あ…あぁ、それは全然構わないけど。その、昨日は俺の方が三月に迷惑掛けたみたいで…悪かったな」


逆に陵介から謝罪で返され、最初は意味が分からず眉を寄せた三月だったが、脳天の痛みが引くにつれ昨晩の彼の事を思い出す。


「え?あ、いや、うん。まぁ、酔ってるお前には驚いたけど…平気平気」


そう言いながらヒラヒラと手を振りつつ、再びほんのりと頬を染め視線をそらした三月の様子に、陵介は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。


(俺、ホントに何したんだ!?)


その後、しばらく二人の間に沈黙が流れていたのだが、ふいに三月がもぞもぞとベッドから這い出て陵介に振り返る。


「俺、帰ってそのまま寝ちゃったからシャワー浴びてくる。まだ時間あるし」

 

「あぁ、わかった。部屋片付けとく」


そう言って陵介もベッドから降りると、三月はバスルームへ、陵介はごみ袋を片手に部屋の片付けを始める。

パタンとバスルームのドアを閉めた三月はそのドアにもたれ掛かり、ズルズルと緩慢な動きでその場に蹲ってしまう。


(はぁ…、何やってんだ俺は)


ふと顔を上げると正面にある鏡に自分が映り、鏡の中の自分と目が合うと昨晩の陵介の言葉が脳裏を過った。


(陵介は全く覚えてないんだからスルーすればいいのに。馬っ鹿みてぇ)


何を思って陵介はあんな事を言ったのだろうか。何を思って陵介はあんな事をしてきたのだろうか。ただの酔っ払いの行動や言動に意味を求める方が間違いなのだろうか。

自身の脳内では思考がこんがらがっていて、どうにも疑問ばかりが浮かんでは消えていく。


(ぐぁー!やめやめ!!乙女かっっ!?)


思考の方向が迷子になっている苛立ちに耐えられなくなった三月は立ち上がり、手早く服を脱ぎ去るとシャワーの栓を思いきり捻ったのだった。

 

 

同時刻

 


室内の陵介はというと、空き缶やら食べカスを片付けながら深い溜め息をついていた。


(詳細はさっぱり覚えてないけど、所々は何となく、覚えてる気がするんだよな)


それが夢だったのか現実だったのかは定かではなく、とはいえとてもじゃないが真相を三月に聞ける状態ではないのだが…。深い思考の海に沈んでいた陵介の中に、困惑した三月の瞳が、切羽詰まったその声が断片的にふと過る。


(……………)


あの時の三月、やたらと可愛かったな、などと一瞬でも思ってしまった自分に自己嫌悪に陥った。


(…深く考えるのはやめておこう)


陵介はもやもやとした気持ちを無理矢理にでも奥底に閉じ込めると、一度頭を振って再び片付けに意識を集中させるのだった。

 

その日の登校時

途中で偶然会った壱岐に自分と早稀が帰った後どうだったかと聞かれた二人は、お互いわたわたと慌てふためき、挙動不審であったという。

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